高校教育の現場より:号令の話
スポンサーリンク

小学校では、起立・礼の号令をかけないところがあるらしい。

このことについて私自身、「これってちょっとどうなのかな??」と直感的に感じてしまいましたが、それでは学校現場で私が起立・礼の号令をきちんと指導しているか?
というと、そんなことはありません。

号令の話

授業の始まりと終わりを示す合図で、日本人の礼儀作法の大切な動作です。

ここはきちんとさせないといけないなぁ…!

こういうことがきちんとできる教師かどうかが、教師として大切なことだよなぁ…

と感じておりましたが、

どうも上手く出来ない…

というか、それをきちんとさせる行為に対してしっくりこない自分がいる。

させようと思えば、させられないことはありません。

生徒全員がきちんとするまで繰り返せば良いだけです。
生徒の心が折れるまで、根気よくやればいいだけのことです。

こういったことも、退職を決意して、学校から精神的に一歩引いたところから眺めてみると、原因がよくわかってきます。

そもそも人に対して頭を下げる行為は、本来とても大切にするべき動作です。

それをたかが1人の教師ごときが40名の生徒の頭を下げさせる。
私は大勢の人間に頭を下げられるほど偉くはありません。

現在、私は1年生の授業をメインに担当しています。うちの学校の入学直後の1年生は本当に礼儀正しい。室長が起立・礼と言えば、全員が声をそろえて、「お願いします!」と、はっきりと発声した後に礼をします。あまりにも見事な作法なので、本校今年で3年目の私ですが、これには委縮してしまいます。

しかし残念ながら、時が経てばそれが乱れてくることも知っています。
それは生徒の問題ではなく、生徒たちの礼儀に応えられない我々教員の問題です。

私自身、

ここは絶対に外してはいけない!

と思うことに対しては、徹底的に取り組む覚悟は持っているつもりですが、これに関してはどうにもできません。

今日、ある先生から「私のクラスの生徒は静かで、号令かけても声は小さいし、授業中に問いかけても反応しない…」と、苦情に近い感想をいただきました。

確かに、返事の声が大きかったり、受け答えがはっきりしている人の方が、好印象で良好な人間関係が築けます。これは、就職試験においてもその後の人生においてもプラスに働きます。

しかし、やたらと号令の声がでかいクラスほど、授業中に落ち着きがなく私語を多かったりする現場も見てきているし、逆に、「私のクラスは落ち着いていて授業が進めやすい。」と言ってくれる先生もいます。

要は、ものの見方の問題です。授業中は静かでも、クラブ活動では礼儀正しい好青年だったりすることもあります。理想的には、どんな場面でも礼儀正しい方が良いけども、そこまでの水準を求めるほどに「お手本となるべき教師集団がビシッとしているか?」と聞かれたら、そんなことはありません。

心の底から敬意を払えない人には、ペコペコ頭を下げなくてもいいと思います。
くだらない人間に頭を下げることは、自分自身を雑に扱っているも同然である。

これについては、賛否両論あると思いますが、今の私は概ねそのような立場にあります。

スポンサーリンク

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事