高校教育の現場より:私が退職を決意した理由①
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私が退職を決意した理由

かつての自分は、40名の生徒に対して行う座学の授業では、「情報の質」が大切であると考えていました。

そのような想いから、進学校で物理を教えなければならない時は、為近先生のネット配信動画を購入してビデオカメラに録画して、何度も見返しては授業の参考にしたり、

ヤフーオークションで東進ハイスクール苑田先生の動画(VHS形式)を競り落として視聴していました。

為近先生の動画は、視聴期間が1週間程度で全シリーズ合わせて5万円ほど、苑田先生の方は25万円ほど。金額を見ていただければ、当時の私の覚悟というか気合いを理解していただけると思います。(為近先生の動画は期間限定で、1度見ても絶対忘れてしまうと思ったので、ビデオカメラでスクリーン越しに撮影して保存しました。)

しかし、ここ数年、ネット環境の発達によって日本全国の情報格差がなくなりました。Youtubeを検索すれば、TRY ITのチャンネルで全教科の授業が無料で受けられる。しかも、「日本全国どの学生に見られても恥ずかしくない!」という自信の現れかであるかのように、どの授業も質は低くありません。

少なくとも、私も含めてそこら辺というと失礼ではあるが、アベレージの教員よりは上の水準にあると思います。

時代の変化は、それだけに収まらず、東大生がネット上で物理の授業を行うようになり、

お笑い芸人が教養を深めてくれる時代へと進化しています。

しかも、無料で。

今の時代、大勢を前にして展開する講義するのであれば、情報の質だけではなく、話術が前提とされる時代になっています。

私は、この辺りで授業者としての限界を悟りました。

話のプロには太刀打ちできません。特定教科の知識を教授する上で、情報の質を向上させていくことは、教師として当然のことです。しかし、話術の研鑽までとなると、ギブアップ。これ以上時代の変化に抗うことはできません。

中田敦彦さんの動画公開サイクルは、

読書して、新たな知識を吸収し、自分の言葉に要約して、ネットで配信する。編集はスタッフに任せているから、動画を1本配信するたびにインプットとアウトプットの繰り返すことになります。

これは、自身の教養を深める上で、とても効率のいい生活習慣です。

一方の私は、

基本的に毎年同じ内容の授業の繰り返し。
ネット世界との差別化を図ろうと、体験的な実験授業を展開すると、それだけで1日が終わっています。

教養のアップデート速度で、日々圧倒的に差をつけられていく。このままいけば、いつか私は、教育の世界から不要な存在に成り果ててします。

このままではいけない。自分自身の強みが磨きつつ、社会から然るべき評価を受けられる環境に身をおかなければならない!

という焦りだけが募っていきます。

しかし、私の焦りをよそに、学校現場は平穏無事に流れていきます。この温度差には耐えられない。

確かに、教師は公務員であるという性質上、経済面だけを考えれば、定年前働き続けることが今でも最善のことかもしれません。

しかし、

今現在そして未来においても、教師(私)が世間から尊敬される存在にはならないだろう

と考えると、

教師として「仕事のやりがいはどんどん失われていく!」

と推測します。現場においては、GIGAスクール構想実現に向けて、具体的な行動計画について議論されるようになってきましたが、まだまだ本質的な問題に目を向けられていないように思います。

今後、クラブ活動を除けば高校教師の仕事は、超優秀層の学力向上か超最底辺の生徒指導へと二極化すると予想してます 中間層はオンライン教育中心、テクノロジー+少人数体制でカバー。国にも地方にも財源がないので、本当に必要なものだけを厳選するとそうなってしまいます。

今は時代の過渡期にあると思いますが、学校現場は変化を拒み続けています。しかし、変化を嫌う期間が長ければ長いほど、革命のためにスクラップにされる時の衝撃は大きなものになるはずです。その衝撃をもろに受けるのが、我々現役世代。この来たるべく苦難に対して、私は一時的に避難して、自分自身の生きる道、そして未来の教育の在り方を模索することにします。

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