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今日は、朝から専ら履歴書を書き直さなければいけない生徒の対応をしてました。

ほとんどの生徒が住所の表記ミスなのですが、やっぱり、この程度…と言ってしまうと企業さんには失礼なのかもしれませんが…、この程度のミスで1から書き直して、1時間以上、時間を費やすのは非生産的です。ボールペンで清書するわけですから、1文字でも書き間違えるとやり直しです。中には、3時間以上かかった生徒もいました。ちなみに、その生徒は、「ね」という字が「ぬ」に見えるということで、書き直しです。

手書きで心を込めて書く!

これはわかりますが、

それでは、元々字が汚いというか、上手く書けない生徒が、心を込めて何時間も履歴書を書いたとして、その努力量を企業の採用担当者はきちんと把握してくれるのか?

そう思ってしまいます。私も字が綺麗に書けない方で、たとえ何時間神経をとがらせて書いたところで、見た目の良し悪しでは、字が綺麗な人が短時間で書き上げた履歴書には敵いません。

字が上手く書けない生徒は、「とめ」「はね」がきちんと出来ないので、本当にしっかりとした字で履歴書を書くのであれば、小学校の漢字ドリルでも持ってきて、基本的な「とめ」、「はね」、「はらい」などを確認しないといけないレベルです。しかし、そこまでの指導となると、クラス担任の裁量を超えてしまいますし、そもそも、理科教師に文字の書き方を教える資格があるのかどうかってのもありますし、小学校の先生に教えてもらった方が、よっぽど効率的に学べます。

こういう苦手な部分を補うための現代科学だと思うのですが、精神論に固執してしまうのが日本の悪いところのような気がします。精神論と言うか、単なる前例踏襲で何も考えていないだけのような気がしますが…。

まぁ、しかし、これは誰が悪いとかというわけではなくて、そういう変化できない仕組み(組織)になってしまっているのがそもそもの原因で、もっとスムーズに時流にのれないものかとつくづく思います。

昨日今日と、履歴書を書き直している生徒を見ていて、気の毒な気分になってしまいました。おそらく、2,3年後には、1人1台パソコンの環境が整うので、ここでグチグチ言わなくても、自ずと変わっていくのだろうと思いますが、それはそれで違和感を感じます。

そもそも履歴書を書く目的は何なのか?

こういうことが今の段階で明確になっていないと、パソコンで作成することになった時のデメリットを補完することが出来ません。

もしも、履歴書を手書きで書く目的が、「心を込めて書く!」のであれば、パソコンに変わった時には、「心を込める」要素をどこで補うのかをきちんと議論しなければいけません。しかし、現場の様子を見ていると、

なし崩し的に変わっていくんだろうな…

と思います。

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