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生徒と過ごす時間で最も多くを占めるのは、クラブ活動を除けば授業です。したがって教師の本分は授業にあり、私は授業におけるパフォーマンスを最大化させることに専念しているといっても過言ではありません。

授業内容を充実させれば、生徒に対して多くの付加価値が与えられます。

そのような持論を抱きつつ今の学校(工業高校)に赴任して目の当たりにした事実…

私が退職を決意した理由

工業科の実習授業を担当する教員は、1クラスあたり8名(実習助手含む)
一方、理科の授業は1クラスあたり1名
(実習助手すら配置されていません)

同じ1時間の授業を8名で行うのと1名で行うのでは、授業内容の差は歴然です。

工業高校に赴任する前から、理科教師が冷遇されているように感じていましたし、大ベテランの先生から伺った話だと、かつては理科の授業時間数はそれなりに配慮されていたみたいです。

いつの間にか、理科の実験授業の頻度が少なくなっていった結果、

理科も教員は1人でいいだろう!

という流れになって、今に至っているのだと推測します。

工業高校なので、工業の授業に特化されるのは当然であることは理解をしているので、「教員数のアンバランスを解消してほしい!」という不満でも要望でもありません。

学校生活を通して、生徒と関わる時間が量的に最も長いのが授業である!

ということは、授業内容をより充実させた方が、生徒に対して多くの付加価値が与えられます。そして、授業を通して教師は生徒から評価をうけて、その評価を真摯に受け止めなければなりません。

しかし、生徒40名を教師1人で担当すると、授業は自ずと一律に同じ内容を取り組ませる形式になりがちで、生徒にとっては面白くない授業に限定されます。一方、1クラスあたり8名の教員、生徒5名に対して教師1人であれば、生徒個々の実態に合わせた授業展開が可能になります。それだけでなく、1人で40名の生徒を相手にするのと、5名の生徒を相手にするのでは、1時間の授業であっても消費するエネルギーが全然違ってきます。

そうなると、理科教員の立場はとても厳しくなります。

1人で40名の生徒の実験を準備して、1人で40名の生徒に対して実験授業をして、1人で40名の生徒のための後片付けを行う。生徒の満足度を高めようと手間暇かけて授業を準備すると、40名の壁にぶち当たります。1人2人の差であれば、自助努力で何とかしてやろうと思いますが、8対1の勝負ではどうしようもありません。これに抗おうとすると、多大なエネルギーを消耗し、みるみる内に疲弊します。

現在の学校に赴任して、ある時ふと時間割表を眺め、1つの授業に対する教員数の差を目の当たりにした時に、心の中に張り詰めていた緊張の糸が完全に切れたような気がしました。

このフィールドでこれ以上戦うことができない…

今まで、「教員の週平均の授業時間が16コマに対して、たとえ主任クラスであっても週6コマは少なすぎる!」など、教員間の授業時間数の多い少ないに対して、不平不満を漏らしてきたことがありましたが、1対8の構造は次元が違います。今までの不平不満は、学校が改善してくれることに対する一縷の望みの裏返しだったのかもしれません。

その望みが完全に断たれたような感覚に襲われた…。

これで私の気持ちは大きく退職に向かいました。
もはや「理科の授業は、実験準備に時間がかかるから教員数を増やしてほしいとか授業時間数を減らしてくれ!」とは言いません。そんな発言は、個人のエゴであることは承知しています。他教科は他教科なりの想いがあることも事実であり、理科だけがすんなりと優遇されるわけがありません。

もはや、同僚や学校、教育委員会そして文部科学省に対して不満はありません。

しかし、

この現場に、私はこれ以上は関われない。

この先、公務員の待遇は悪化の一途を辿っていきます。公務員の一員たる教師の身分は今後も安定するでしょうが、このまま経済が衰退して地方の税収が減少していけば、自ずと報酬は安定しなくなるでしょう。

それならば、安定した身分に甘んじるよりは、敢えて不安定な社会に身を乗り出し、自分自身の社会的価値を冷静に見極めて、能力に応じた対価を受けとる方向にシフトするべきである。

そのように考えるようになりました。

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