はじめに
授業の基本シリーズNo.3において、
実験室で授業を実施するのはとても難易度が高いことをお伝えしました。
今回の授業の基本シリーズでは、
過去に実際に行った赤ワインの蒸留を題材にとして、
教育困難な生徒のいるクラスにおいて、
どのような配慮を施していけば実験授業が
今回の重要なポイントは一言でいうと、「生徒理解」。これに尽きます。
生徒の行動特性を理解した上で、授業妨害に発展するシナリオを予測し、
それを避けられるような授業展開を計画して準備に取り掛かります。
それでは、この時の授業資料を参考に確認していきます。
今回の授業は、赤ワインからアルコール(エタノール)を取り出す実験を通して、
生徒たちが蒸留の原理を学習することを目的としていますが、
授業者にとっては、今後ご紹介する実験授業の中でも
最上位にランクインすると言っても良いほど難解な内容になっています。
その理由は、授業の始まりから終わりまでの
授業者と生徒の行動をリストアップすると明確になります。
◎本時の流れ
この授業内容を2回分に分けて、
実験の前半部分(エタノールの蒸留)と後半部分(液体の分析)を
別々に行うのが理想ですが、そうなると今度は、
次の授業までに1グループ当たり3本の試験管を保管する必要性に迫られます。
従って、当時の私になぞらえて考えると、
同じ内容の授業を3クラス行っており、
1クラスあたり10グループに分かれていたので、
最大3本×10グループ×3クラス=90本の試験管を管理しないといけなくなります。
この場合、特定の実験授業に利用出来る90本の試験管が
学校にあるのかどうかも気になりますが、
他学年の(理科の)授業に影響を与えないかも含めて考えないといけませんし、
器具の準備や片付けに関わる作業時間が一気に増えてしまいます。
そのような事情も踏まえて検討した結果、
1時間の授業内で全てをやりきることにしましたが、
スムーズな進行を心がけるために、
今度は授業進行が滞るケースを想定し、
それを予防するための授業準備を進めないといけません。
そこでは、授業者のアクションや教室環境によって、
生徒がどのような行動をとるかを予測する力、
つまり「生徒理解」が重要になってきます。
普段から生徒たちを指導する中で形成された生徒像を基にして、
これから実施する授業を行った場合にどのような問題が発生するのかをシュミレーションしていきます。
赤ワインの蒸留実験を行う場合、次のような問題が想定されます。
◎想定される問題と注意事項
③:①、②の説明の段階でテーブルの上に不要な実験器具があると、
勝手に触るなどして授業者の説明に一部の生徒は集中できなくなってしまう。
④:生徒の不注意で、枝付きフラスコの枝の部分を下にしたまま
赤ワインを注いでしまい、枝の部分から赤ワインを垂れ流してしまう。
かといって力を加えすぎると温度計を割ってしまう危険性があるので、
また、温度計の下端を枝付きフラスコの枝の部分に来るように設置しないといけない。
(進学校であれば、気体の温度と圧力の関係を説明した上で、
この時に敢えて失敗してみせると、
何故このような結果になったのかを考える良い教材になります。
私が今回対象としているのは、
四則演算すら怪しい生徒たちなので、
授業が効率よく進行することを目指します。)
15項目の手順を終えるだけでも気が重くなりますが、
それぞれの工程についても注意深く進めていかないといけないので、
とても大変な授業であることを理解していただけるのではないでしょうか。
◎授業準備に取り掛かる
ここまで考えてから、ようやく実際の授業準備に取り掛かります。
■準備物(1グループ分)
必要なものが揃ったら、授業がスムーズに進むように、
事前対策として実験器具を授業の進行に合わせて適切な位置に配置していきます。
■事前対策
⇒沸騰石を入れるかどうかは、そのクラスの荒れ具合によって判断します。
突沸を防ぐために入れるという目的を説明するときに、
生徒たちがきちんと聞ける姿勢でいられるのであれば、
生徒たちに操作させる機会を与えるなど配慮を施します。
この授業は説明すべき項目が多いので、
あれもこれも説明していると、
どこかで生徒たちの集中力が切れてしまうので、
説明すべき項目を割愛する必要性に迫られる場合があります。
⇒各机上に置きっ放しのまま授業を始めると、
多動傾向の生徒は、器具が気になって、
勝手に器具をいじりだして、授業者の説明に集中できなくなります。
授業開始直後は、生徒が座る机の上は、
スタンド、金網、枝付フラスコなど最低限のものだけに留めておきます。
(画像は別の内容ですが、
このような感じでグループ分、予め分けておきます。
「これとこれとこれを手分けして取りに来てください!!」
と指示すると、
収拾がつかなくなり最悪の場合、授業が崩壊します。)
3.2mLの液量がわかるように試験管に油性マジックなどで目盛りを入れておく。
⇒ここまで配慮しておくと、
きちんと説明が聞き取れなかったとしても、
生徒が手順を間違える可能性がグンと減ります。
⇒火の元は、必ず教員で管理します。
蒸留操作が終わったら、
授業者は必ず各グループの火の元を確認し、
確実に消火に努めて下さい。
やんちゃな生徒は、炎にとても興味関心を示します。
必要な実験が終わっているのに、火を消し忘れると、
いろんなものを燃やそうとします。
教科書等ではマッチを使用とありますが、
上記の理由を含めて私は授業において
一切マッチは生徒に使用させないようにします。
実験中に、生徒が自分でやりたいと言ってくる時がありますが、
この時は、授業者が立ち合いのもと
生徒にさせてあげるようにしてください。
終わりに
さぁ、これでできる限りの準備は完了しました。
後は、本番を迎えるのみです。
と、ここで少し疑問を抱く先生が見えるかもしれません。
生徒たちの為とは言え、ここまでの労力を割いてまで、
やらないといけないことなのか・・・??
私たちには、他にやるべきことがたくさんあると・・・。
この辺りは先生方の感性だと思います。
実際、私も時間をかけて授業の準備をしてきましたが、
うまく行かないことが多々あります。
今回紹介した蒸留の実験授業についても、
上記の準備を完全に済ませて授業に臨みましたが、
ガスの元栓を開栓するのを忘れて、
フラスコを加熱するタイミングで、
バーナーの火がつかずあたふた。
結局、その時間の授業を潰してしまうなんてアクシデントもありました。
このような経験をしたときは、
ここまで時間をかけてこれなら、
50分座学にした方が効率がよかったのではないかと・・・、
少し後悔します。
教育困難な学校では、
こうした実験授業には他の高校に比較にならないくらいの
配慮が必要になりますが、
その配慮の分だけ生徒たちが何かを学び取ってくれるかというと、
残念ながらそうはいきません。
それならば、いっそのことサラリーマン教師に徹して、
必要最低限のことだけを済ませることに専念して、
授業は座学だけに限定して、
準備時間のかかる授業はやらない。
このような考え方を私は一方的に否定するつもりはありません。
この議論は今回のテーマから外れてしまうので、
ここまでにすることにして、
今回はこの記事を最後まで目を通していただいた方々に、
授業の準備をする時は、
時として多大な時間と生徒たちへの
配慮が必要になるということを理解していただけたら幸いです。
授業の技術シリーズ(続き)はこちらのガイドを活用ください。